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現在、企業社会で語られるCIやCSR或いはフィランソロフィーや企業メセナ等は「旦那文化」の末裔なのかもしれない。ただ、これらがマーケティングの手段として論じられている限りは、その質が企業の規模や財務体質の強さに比例してしまい、その精神性や志の崇高さが欠落してしまう恐れが無いとはいえない。「旦那文化」の流れに沿うことを願うのであれば、CIやCSR等は経営の中枢に置き、戦術ではなく戦略として位置づけるべきであるし、企業によっては経営目的そのものとしてもおかしくは無い。それは顧客や社員や株主の支持をも得る事ができるし、世界にも通用する企業哲学ではないだろうか。

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桝一客殿 

桝一客殿

Guest house

昔は日本の田舎に旅館やホテルはありませんでした。都の偉い人や旅の芸術家や芸人などが訪れると、そうした人々の一宿一飯をお世話するのは旦那の役目でした。近年になっても昭和30年代初頭に小布施に大相撲の興業(高島部屋の巡業)があったとき、力士達は町内何箇所かのお宅に分宿したのはそんな習慣の名残だったでしょう。そうした夜にまたがる交流には大きな意味があったのではないでしょうか。これを踏まえて、改めて客人・賓人(まれびと)を遇する施設と仕組みを考え、建設したのが桝一客殿です。地方の文化吸収や知的刺激の場の創設あるいは再創設という位置づけです。

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小布施マラソン 

小布施見にマラソン

Marathon

小布施が長野マラソンのコースから外れることに決まり、それならば小布施で単独開催をということで急遽実現したのが2003年「海の日」から始めた「小布施見にマラソン」というハーフマラソンです。「海の無い小布施に(人の)波を」を合言葉に、生活道路や土手や果ては仮設道路などを走るユニークなレースです。しかも沿道には人々の熱い声援が飛び、「縁走」と命名された多数のアマチュアバンドによるボランティア演奏が名物となっています。特筆すべきは、冠イベントではなくまた行政の補助金もない町民と参加者による手作りイベントであることでしょう。

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小布施ッション 

小布施ッション

Obusession

2001年8月8日、第1回小布施ションが行われました。以来毎月ゾロ目の日(1月のみ11日)に開催され、現在60回以上を数えるイベント仕立ての文化サロンです。毎回異なるジャンルのゲストスピーカーをお招きし、講演と全員参加のパーティーで構成され、しかも参加者は遠来の方と地元の人々が半々で、みんなが初対面の人々と交流を持つ事になるスリルに満ちた出会いの場となっています。

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蔵部 

蔵部

The Club Restaurant

1998年長野冬季五輪が終了した年の秋にオープンした和食レストランです。酒造りに携わる人を蔵人といい、その総責任者を杜氏(とうじ)といいますが、蔵人が打ち合わせをしたり食事をしたりする場所を「寄り付き」といいます。この寄り付きで行なわれたであろう蔵人の生活文化が、現代風にお客様の生活の彩の場になって欲しいとの願いから「寄り付き料理」と銘打ち、昔ながらの竈をしつらえ薪で炊いたご飯や炭で焼いた野菜や魚介類を楽しんでいただく趣向です。

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長野冬季五輪 

長野冬季五輪
ホスピタリティープログラム

Hospitality

長野五輪に際して小布施堂はホスピタリティープログラムにより英国五輪協会のアテンド会場として参画しました。開催したパーティーが12本で、会場は小布施堂本店、蔵部(当時は仮設パーティー会場)さらには本宅2階などでした。また北斎館も五輪期間中は夜8時まで開館し、時としてはウエルカムドリンク会場にもなりました。また「北斎太鼓」の演奏なども冬の夜に響き渡り、幻想的な小布施の夜が続いた日々でした。

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葛飾北斎 

国際北斎会議 & 北斎フェスティバル

Hokusai

1998年4月、長野五輪終了により地元に残された通訳ボランティアなどの人的インフラを活用すれば、人口1万2千人の小布施でも国際イベントの開催は可能なはずという思いから「第3回国際北斎会議」を開催しました。世界中から北斎の研究家や学生や画商など150人と国内から350人の合わせて500人が一堂に会した学術会議でした。これに合わせて小布施町は「北斎フェスティバル」を開催し、まさに北斎の町を視覚的にも具現化しました。あわせて県立信濃美術館では「北斎―東西の架け橋―展」も開かれ、会議参加者のギャラリートークも行われました。この展覧会は続いて東京、山口で開催され合計の入場者は12万人に達しました。

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小布施系 

小布施系

Obuse-kei

1986年ベルギーのゲントで世界初の民家参加型の現代アートイベントが開催されたとのニュースに接し、翌年秋には、是非小布施で世界2番目の民家参加型アートイベントを開催しようと企画したのが「小布施系」でした。ただし現代彫刻作品の展示は小布施堂周辺のみに限定し、小布施町内全域には「我が家も美術館」という併催イベントの形で民家参加型を実現しました。ただ1998年春、ドイツのミュンスターで民家参加型アートイベントが開催されたため世界で3番目の開催ということになってしまいました。

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スペーサー市・ゴミ・ゼロ 

1530 Project

Ichi-Gomi-Zero

整理整頓が日本の文化の原点。清掃から気持ちまで磨き、誇れる環境がありましたが、近年はポイ捨てが増えているなかで、ポイントを絞って協力し合って周りを守りあっていこうという考えから、1530運動、つまり15日と30日に町のお掃除をボランティアでします。年に24回から24時間に向けての対策を2003年に始めました。大変になる前に動きだそう、です。そして冬は冬で雪かきなど、春夏は草取りなど、秋は葉っぱ拾いなど、一年通して町を大事にする運動です。

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スペーサー桶仕込み保存会 

桶仕込み保存会

Oke OK

2000年のミレニアムに木桶仕込みを50年ぶりに復活しましたが、それだけでは桶屋さんの仕事が継続できませんので、どうすればできるのかを考えました。そこで全国の造り酒屋に声をかけ、木桶仕込みの復活を求め、現在は30蔵以上が復活する運びになりました。2007年にNPO法人にし、更に醗酵文化(酒屋、味噌屋、醤油屋、漬物屋や他の食文化と桶)を繋ぎ、将来に伝承できることを目指しています。

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